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まいど! マイトです!

役者、劇空間ゴウゴー主宰の紅藤マイトが日々思うことを書いて行きます。

岸田戯曲のいい映画化

 今日は、昨日、神保町シアターで観た、成瀬巳喜男監督の『驟雨』について書きます。
 この映画は、⒛代の頃、今は無き、並木座で観て以来の作品であった。その時は、この映画の原作である岸田國士戯曲を知らずに観ていたので、成瀬監督の夫婦物という印象であった。
 もちろん、そんな印象でも面白いと感じていたが。
 それから、オイラは演劇も観るようになり、いろいろな演劇の制作者の作品を観たり読んだりしていくうちに岸田國士の作品も読むようになり、岸田國士の世界を知るようになった。

 『驟雨』であるが、これは岸田戯曲の短編物の何作品化を一本映画にした作品である。
 岸田戯曲は夫婦物、それも愛というのに冷めている感がある夫婦というので、まさに成瀬映画にはピッタリの題材である。
 その中でも素晴らしいのは、岸田戯曲の自然体のセリフを脚色の水木洋子がそのままにし、岸田戯曲のセリフの良さを崩さないようにしているのがいい。
 また、成瀬監督も自然体のセリフの良さを響きのいい音にし、それによって佐野周二原節子の夫婦の演技が自然体となっている。
 そして、その自然体の演技は観ていて心地よさを与えてくれるのであった。その上、斎藤一郎氏のクラシックのようなBGMが心地よさを盛り上げてくれるのであった。

 そんな自然体のセリフ、演技の心地よさを保つため、物語の大きな事件という見せ方をするのではなく、夫婦ならよくある自然な出来事で見せている。
 物語に派手なものはないが、それ以上に演技の良さで楽しませてくれて映画でもある。
 それに、その中からユーモアを産み笑わせてくれるもの成瀬監督らしさがあった。成瀬監督は人物のちょっとした動き、感情の変化などで笑いを産む演出をよく使っていて、この映画はまさにそれが多く使いおかしさを与えてくれるのであった。
 特に、原が参加した町内会の寄り合いの所がいい。あるテーマで話していたのが他の人達が自分の問題を持ち出し、結局、解決しないで終わる。その流れは上手く演出されていた。

 『驟雨』は成瀬監督の映画の中では地味な作品であるが、そのような作品の中でも楽しませてもらえたいい作品であった。
 また、岸田國士戯曲を上手く使って映画化された作品でもある。

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